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Sketch

ーもしも愛がすばらしいなら

宇多田ヒカル「ともだち」に想う、昔、友情を選んだはずの恋心が報われなかった理由

Oh 友達にはなれないな にはなれないな Oh

Oh 何故ならば障りたくて仕方ないから Oh

Oh 友達にはなれないな にはなれないな Oh

もう君の1番じゃないと意味が無いからOh

 

宇多田ヒカル「ともだち」より 

 

私には数年前、とっても尊敬している友人がいました。長い時間をかけて、彼女に恋をしました。とても好きだったし、それまで男性と短い付き合いを繰り返しては、どうして上手くいかないんだろう、とか好きってなんだろうとかって思っていました。

 

けれど、彼女に関しては、自信をもって「好きな人」だと思えました。今思えば、それまで好きになった女性もそうだったんですが。一度信頼していた部活のメンバーに「同性愛が気持ち悪い」と言われた一言で当時の私はもろすぎて、「私は同性愛者じゃないと証明してくれる男性」探しすのに、必死で、でもどこかでそんな人現れないと知っていたから、自分を大切にしない人とばかり付き合っている時期がありました。

 

とても大事な恋心を伝えたかったけど、友人として側にいられなくなること、彼女が同性愛についてどう思っているのか、分からなかったこと。勇気が出なくて、結局伝えられずじまいでした。

 

今なら、「もっと人生自由に生きていいんだ」と知れたから、きっと真っ直ぐに、頑張って伝えられると思います。けれど、当時はダメだった。

 

そして、友情を選んだはずだったのに、彼女との仲は(よく一緒に会っては遊ぶ仲だったのに)、疎遠になってしまいました。

 

「どうしてだろう?」そんな思いがいつも胸にあったけれど、この歌詞を聞いて、自分の本当の気持ちというのは誤魔化せなくて、仕方ないことだったのだな、と気づきました。

 

彼女に、勇気をもって伝えて、ふられても、自分に正直でいればよかった、と思う数年経った現在。

 

異性の大事な友人に告白されたときも、どうしてダメなのか、勇気をだして、自分が同性愛者だと伝えればよかったと、時々悔やみます。

 

この経験は、私にとっては今に繋がっているけれど。「同性愛者だから」で自分の大切な気持ちを誤魔化してしまうことがない社会をつくっていこうと思う今日このごろです。

 

NORA