読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Sketch

ーもしも愛がすばらしいなら

マスメディアではとりあげられないことと接する機会

ただ「文章を読むこと」が好きだから、そして時には暇だったから。そんな理由で本を読んでいた。


でも、多分、本を読むことによって、「ニッチ」に近づける機会がたくさん生まれた。

 

中学生の頃読んだチェルノブイリの事故の後、孫達のために育てていた作物を捨てなければいけないと語った老年の方の写真。

 

多分、「マス」メディアではとりあげられない情報と出会うチャンスをたくさんもらった。

 

そして人と直接会うことも。

 

多分、本を読む以上に、もしくは同じくらい、知らずにいたかもしれない、けれど知れて心底良かったと思える情報がたくさんあった。(もちろん出会いそのものだけで、いつも素晴らしいものだったけど)

 

すてきな人たちとの出会いに恵まれた。特に福岡でのFUNN()での出会いと学びは感謝でいっぱいだ。

 

けれど、「マス」メディアの影響で見えなくなっていることがたくさんあることも突きつけられる。そんな今、できることを模索する。

 

 

P71〜

 メディア・リテラシーはなぜ必要か。誰の役に立つのか。もしあなたが、そんな疑問を持つなら、こう考えてほしい。

 誰かのためじゃない。僕のためだ。あなたのためだ。あなたとあなたの家族、そしてこの地球に生きているすべての人のためだ。


 この章の最後に、ナチスの宣伝相に就任したゲッベルスに、ヒトラーが言ったとネットなどで流布している有名な言葉を引用する。実はヒトラーが、実際にこんなことを口にしたかどうかは、はっきりしていない。ネットもメディアのひとつなのだから、リテラシーは必要だ。だからここに引用すうるかどうか、本当はとても迷ったけれど、同じようなことをヒトラーが実際に言っていたことは事実だから、とにかく引用する。それを前提におきながらも、じっと噛みしめて読んでほしい。ここで「青少年」と呼ばれている人たちは、あの時代の「あなた」たちだ。これはただの昔話なのか、それとも今のこの時代と何かが繋がっているのか、そんなことを考えながら読んでほしい。誰のためでもない。あなたのために。


   青少年に、判断力や批判力を与える必要はない。 彼らには、自動車、オートバイ、美しいスター、刺激的な音楽、流行の服、そして仲間に対する競争意識だけを与えてやればよい。青少年から思考力を奪い、指導者の命令に対する服従心のみを植え付けるべきだ。国家や社会、指導者を批判するものに対して、動物的な憎悪を抱かせるようにせよ。少数派や異端者は悪だと思い込ませよ。みんな同じことを考えるようにせよ。 みんなと同じように考えないものは、国家の的だと思い込ませるのだ。

 

 正直、ところどこと「大手で働いていた男の人(というのも偏見だけれども」感があるけれど、想いを込めて書かれた一冊でもあると感じます。