映画「ウーマン・ラブ・ウーマン(もしこの壁が話せたら)」〜そこに「人」がいるから社会を変える必要があるのだ

昨日、ある勉強会でウーマン・ラブ・ウーマンの1話部分を観た。

 

 

以下、ネタバレ含む。

 

ウーマン・ラブ・ウーマン(もしこの壁が話せたら)、ということで1961年、1972年、2000年と3つの時代のレズビアンをテーマにした有名な映画だ。

 

昨夜は、1話部分のみを見た。

映画自体、何度か見たことがあるけど、何度見ても胸が苦しくなるし、涙をこらえるのに必死になる(1話目)。

 

1話目のストーリーを簡単に書くと・・

 

長年連れ添い、共に一つ屋根の下、同じベッドでパートナーとして暮らしてきたレズビアンカップル。同性愛に偏見もあるし、あまり認識されていないような時代。

 

不幸にも、カップルの1人が夜中に倒れ、病院に運び込まれるが、臨終の時も共にできず、財産も遠縁の親戚がやってきて、(パートナーの共有財産としては見られないので)分与について話始める。

 

こんな感じかな?2話目、3話目はまたガラリと変わります。

 

鑑賞して思ったこと

・日本はまだ1話目と同じ部分も多い(制度的なことや可視化されていないことなど)。

だからこそ、同性カップルの存在の可視化や制度、社会を変えていく必要がある

 

ぷらす、私にとって、自分の利益にしばられる生き方より、相手に寄り添う生き方をしたいなと見るたびに確認する映画でもあります。。(きっとしばられているからこそ)。

 

きのうはその後、(割りとハッピーな)3話目を頭の中で一生懸命再現してました。