Sketch

ーもしも愛がすばらしいなら

私が泣いた時、表面上の理解も気休めの言葉もかなぐり捨てて最前線に立ってくれた人

とても不安定な気持ちで迎えた年末年始(友人のおかげで、行動的には素晴らしい年末年始でした!)。書き綴ったけど、新聞コラムには、まだ載せられなさそうもないので、ここにメモ。

 

 私は、今、新聞のコラムを友人と書いている。心の底から、「こんな社会を変えたい」と思った。同じように思った人たちと。

 カミングアウトをするずっと前。同性愛者をバカにする言葉や場所で、私が言葉をなくしうつむいたり、笑顔で怯え、泣いた分だけ、いつでも周囲にきちんと説明していった友だちがいた。気休めの言葉も、表面上の理解もなぐり捨てて、表に立って、「それは人権だ」と言葉にして、それを守るために、法も社会も変わる必要があると、本気で、そして、行動をし続けてくれた友人だった。
 泣いたり、迷ったり、色んなことから目を背けたり。弱った私の声を聴き続け、想いを伝え続けてくれた。隣で寄り添ってくれて、一緒に私の願いを願ってくれて、その願いを叶えるために、葛藤を見守り続けてくれた。
 もしかしたら、そこまでやる人は、数少なき人なのかもしれない。だけど、その人は確かに存在して、今も私と、この文章が届く先に寄り添い続けてくれる。だから。安心して、未来へ進んでほしいと思う。その人はきっといる。だから、不安でも、怖くても、絶対に、未来で待ってるその人と出会ってほしいと、私は願う。ひょっとしたら、私ももう少しだけ強くなって、あなたの未来で待っているかもしれない。あなたの未来を、一緒につくれるかもしれない。だから、未来へ、来てほしい。怖れたままでも、一緒に歩ける仲間がきっといつも、少し先で、あなたを待っているから。いつかきっと、来てくれたら。そう願う。