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Sketch

ーもしも愛がすばらしいなら

目の前の人が何を思って、何をしているのかー尊敬は命令からは生まれない

「(目上だから)尊敬しろ」とか「最近の若者は〜」とかいう人にはつまらない人が多かった。逆に尊敬していたり、勇気づけてくれるような人からはそんな言葉は聞かない。

 

幼少時から数えきれないくらいの「こうすべき」とか「こんな奴は悪い」、そして暗に「お前は未熟だ(だから従え)」みたいな意見を聞いてきた。私はルールを守る塩梅を図るのが苦手だから、できるだけ従っていた。

 

だけど成長するにつれ、大人が言うことは取捨選択した方がいいことが分かる。

というか、全く憧れない人からのメッセージを受け入れるおかしさに気がつく。余計なことに労力を割いているけど、もっと自分の力を使う大事なことがあったのだと。

 

気が付くと尊敬しないメッセージの中に自分を埋めている時もある。そうやって自分でいるのが辛くて仕方なくなった時に、一緒に過ごすことで、心に本当に明かりが灯ったようなメッセージを与えてくれる人が「自分が自分でいい」と、全く逆のメッセージを伝えてくれる。

前向きに頑張ったり、自分が目指したいことに純粋にエネルギーを注げるようにすごく力をくれる。具体的な「ああしろ」「こうしろ」以上に、自分の進む道を応援して、自分自身が大事な存在なのだと気づかせてくれる。

 

とある国に移住された方は、会うたびに愛を感じて感動する(普段そんなことを感じない私でもこう思ってしまうほど)。移住先の国からは、特に偉大な貢献をした方に送られる賞も受け、多くの人に愛され感謝されている存在だ。そして本当に気さくで一緒に過ごす時間が楽しい。

そんな尊敬している人達の周りにいるとすごく元気になる。何よりその人自身が純粋なエネルギーで色々なことを成し遂げていて、自分より年齢を重ねてきた人と接することのありがたみを感じさせてくれる。

 

逆に年齢が自分よりうんと若くても、尊敬してやまない友人・知人はたくさんいる。肩書なんか必要ない。何もなくても、すでに輝いている。例え悩んでいるときだって。

 

尊敬には年齢、学歴、立場、経済力とか全く関係ない。その人が何を思って、何をしているのか、そこにつきる。

 

 

と、今の自分を振り返ってみる。何をしようか、そして変えることが見えてきた。

何より、尊敬している人達が周囲を勇気づけていくように、まずは自分の大切さを認めて、自分自身を勇気づける私になることが一番の近道かもしれない。