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Sketch

ーもしも愛がすばらしいなら

「言えた」と「言えなかった」の違いーカミングアウト計画に際して学んだこと~3週間

カミングアウト 悩みと向き合う

先週と今週、何人かの人に自分のセクシャリティを伝える機会があった。伝えようと思ったのに結局言い出せない、を散々繰り返してきたので、現在までのカミングアウトの経過を少しまとめてみた。

「言わなきゃ」と臨むより、話やその場の流れに委ねれば、いつの間にか言っていた。

カミングアウトに限らず、私の場合肩肘張って頑張ってやろうとしたことより、リラックスして行った物事の方がはるかに上手く行くことが往々にして起きる。

何度も経験していたし、ずっと言えなかったのだから尚更な気がするけど、義務感すらもって挑戦すると、どんなにお酒で理性を飛ばしてみても、シラフでタイミングを慎重に見計らってみても、どうも声が上ずってしまって言い出せない。時にはその場を楽しめない。

 

そもそも「言えない」自分の気持ちに寄り添ったからこそ、カミングアウトをしようという心境の変化が起きた。

何かを達成したいと思うあまりに、一見効率的と思われる方法を素早く進めていくことに意気地になってしまうと、目的から離れてしまうことは意外と簡単に起きる。友人たちと交流するためのパーティーを企画したのに、成功させること(もしくは難なくこなすこと)に一生懸命になってしまって、「楽しく交流する」ことから離れてしまったりするように。

 

私はそういったものに捕らわれやすいたちなので、「皆に伝えなければいけない」という義務感が先立ってしまって、自分が大切にしたいと思った気持ちとか、カミングアウトをしようと思った理由から離れてしまっていた。だから一旦「自分のペースでいこう」と横に置いてみたことで、以前から伝えられたら、と思っていた人たちに伝えることができた。

 

伝えるときはやっぱり緊張して、声が上ずってしまったりはするのだけれど、自分の思いをしっかり伝えられて、受け取ってくれる人がいて。その経験は、一人で悶々としていたとき想像していたものより、ずっと暖かく優しいものだった。

 

2回とも、話の流れで周囲の人に伝えたが、どちらの時も、先に自分がバイセクシャルであることについて話をした友人が隣で見守ってくれていた。計画して皆に伝えた訳じゃないから、隣にいた友人も急に始まったカミングアウトに一緒に緊張したり、ドキドキしてくれて。帰り道に話をしたり。彼女が居てくれたのは、やっぱり大きかった。

 

そしてそもそも当事者やアライに関わらず、「LGBTセクシャルマイノリティが生きやすい社会が必要だ」という想いが共通しているメンバーだった。そんなメンバーだからこそ、ちゃんと伝えたかったし、ずっとクローゼットを突き通した自分でも伝えることができたんだと思う。

 

やっぱり、感情は揺れ動く。

「こんなことやめとけばよかった」「言う必要なんてなかった」「誰にも言わければよかったんじゃないか」

動揺して、矛盾や言い訳を並び立ててみる。揺れながら、自分の臆病さを感じながらもどこか落ち着いていられるのは、奥底では分かっているからだろう。

「本当は言えてよかった」「自分の気持ちを誤魔化しながら生きていくのは、もう限界だった」「やっぱり堂々と(実際なかなかできていないけれど)、正直に伝えたい」

何を一番大切にしたくて、最も強く思っているのが何か、それが分かっているから、動揺しながらも飲み込まれずに、どこか安心していられる。今までだって、大事にしたい気持ちだったし、強く思っていることだったけれども、抑えて隠すことで必死だった。これからは、今でもたっぷり使っている隠すためのエネルギーを、自分を伝えることや、大切な人とつながることに使っていこう。